連続スクリーニング:完璧なドーナツを遠くへ飛ばす
映像作品「完璧なドーナツをつくる」の上映を、場所や対象者、テーマを変え様々な形で実施した連続スクリーニングの記録。
アーティスト:キュンチョメ
ディレクション:居原田遥
Screening#1 ドーナツの穴は検閲をくぐりぬけるのか?
Screening#2 にほんご で かく かんぺき な ドーナツ。
Screening#3 完璧なドーナツ投票所
Screening#4 トマト缶とドーナツを交換する
Screening#5 LOVE&GUNS
検閲の厳しい国で「完璧なドーナツをつくる」を上映することは可能なのだろうか。ラオスのアーティスト、ミャンマーの映画人と「検閲」をくぐりぬける方法を考える。
この絵はラオスから来た学生が描いたものだ。
映像をみてもらった後「ラオスにも”サーターアンダギー”のような存在はありますか?」と質問をしたところ、この絵を描いてくれた。それはつまり、他国からやって来て自国で変容していったような食べ物、あるいは侵略や戦争と関係がある食べ物はありますか?ということだ。
彼女は「ラオスにとってそれはフォーだ」と答えた。フォーはベトナムからやってきた食べ物で名前もそのままだけど、入っている具材も味もベトナムのものとはまるで違うと。
そんなラオス人の彼女たちはベトナムのことを”フレンド”と呼ぶ。「同じ共産国として、フレンド(ベトナム)のことは否定的には語れないんだ」と言葉が続く。ラオスとベトナムの複雑な歴史を考えると、それはあくまでカギカッコ付きの”フレンド”なのかもしれない。今度ラオスに行ったらそのフレンドの変容した味を確かめてみたいと思った。
東アジアからきた留学生のみが通う、美大受験予備校「尚藝舎」で授業を行います。
さて、ここで2つの質問です。
・この作品の概要(がいよう)を400字以内(いない)で説明しなさい。
・この作品への感想(かんそう)を、実体験(じったいけん)を交(まじ)えながら400-600字以内で書きなさい。なお、文章(ぶんしょう)にはタイトルをつけること。
小論文のお手本
執筆者:福住廉氏(美術評論家)
ドーナツを壊せ!―キュンチョメ《完璧なドーナツをつくる》に寄せて[1]
言葉と沈黙のあいだ―キュンチョメ《完璧なドーナツをつくる》に寄せて[2]
3日間を通して上映と、完璧なドーナツをめぐる投票を行います。
また最終日には開票と共にトークイベントを実施。
トークゲスト:
宮原一郎(フリーランスキュレーター/選挙ライター)
居原田遥(キュレーター)
場所:「スペースエルベ」(菅直人事務所の真下!)
〒180-0006 東京都武蔵野市中町1-2-9 サンローゼ武蔵野 2F(三鷹駅から徒歩1分)
ー投票結果ー
あなたは完璧なドーナツをつくることに賛成ですか?
賛成130 反対53 無効票25
あなたが共感した人物は誰ですか?(複数回答可)
共感を得た人物
1. サーターアンダギーを作る女性
2.アメリカ人神父
3.高江で座り込みをする男性
出口調査(アンケート)全文公開
入場無料/ 入退場自由/各回90分
入場は無料ですが、お越しの際はトマト缶を1個お持ちください。(難しい場合はパスタなど保存できる食品をお持ちください)
4/27-5/6 原爆の図丸木美術館にて「完璧なドーナツをつくる」の上映がおこなわれます。
また期間中に3回(4月29日、5月3日、5月4日)キュンチョメによるかつてない”平和学習”ツアーLOVE&GUNSが開催されます。参加者は丸木美術館とサバイバルゲーム、2つの経験をすることになります。
キュンチョメによる「完璧なドーナッツを作る」は、沖縄に在住している、あるいは出身地とする複数人に「アメリカのドーナッツと、沖縄のドーナッツ(サーターアンダーギー)をあわせて、完璧なドーナッツを作りたい」と提案し、多様な答えを引き出すことで、「沖縄の問題」の複雑さと、その回答の難しさを可視化させた映像作品だ。
「沖縄の問題」とは、無論、米軍基地をめぐる問題である。敗戦から70年あまり、そして沖縄が日本に復帰して半世紀以上が過ぎたが、沖縄ではいまなお、米軍基地の存続と新たな建設の賛否が問われ続けている。変わらない状況の悲壮感と忘却が蔓延する時代のなか、キュンチョメは沖縄の問題をユーモア溢れる問いに変換し、あらゆるかたちでその答えを引き出した。作品のなかで可視化された言葉と立場は、実際の沖縄の問題に対する答えを想像させる可能性として見てとれる。この作品の芸術的価値は、この可視化にある。
観賞者として(あるいは出演者として)、その可能性を目にしたことは確かだ。しかし、ただ「観た」だけでは、政治/権力による断行と沖縄の問題への答えを強いられる現状を止める具体的な方法まで、現段階のわたしには見出せない。作品の中でも述べたように、わたし自身は、米軍基地に対して断固反対の立場をとる。またその意見をはっきりと主張する。作品を目にした後も、それは変わらない。しかし、それは登場する他者の立場を拒みたいわけではない。ただ、この作品を受け入れ、異なる立場や主張を理解しようと努力し、時には対話を試みようとも、この問題に対する答えを要求し続ける現実の速度に追いつくことが出来ない。辺野古の海上基地建設は容赦なく進行している。翌年2月には、その賛否を問う県民投票が控えている。投票率に結果が左右される既存の投票制度には懸念を抱くが、沖縄の民意が、「賛成あるいは反対」という二者択一の方法で問われ、明示される現実は、次々と現れる。
芸術の力を、現実への作用より、恒久的な歴史のなかに期待する方法もある。しかし、社会の速度と実在する政治/権力と問題に抗うため、その効用を、いまこの場で試したい。だからこそ、この作品を「観る場」に対し、挑戦を仕掛けようと思う。どうすれば、「沖縄の問題」に対する回答を、作品のなかだけにとどめず、引きずりだせるのか。その手がかりは、距離ではないかと考える。
「沖縄の問題」を、沖縄から離れた《遠い》場所で目にする機会を増やし、その複雑さと難しさを鮮明に伝えること。そしてなにより、答えを問う上映会を続けること。『SCREENINGS:完璧なドーナッツを遠くへ投げる』の意図はここにある。どうか、最後まで見届けてほしい。そして、《遠く》からこの場所を訪れる、あなたの答えを、示してほしい。
居原田遥