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オタクの街、秋葉原。一本裏手の民家跡地に、今年"新たなスタイル"の美術予備校がオープンした。鉄筋コンクリート四階建てのビルをリノベーションした、東アジアからの留学生専門の美術予備校『尚藝舎』である。ここが今回の上映場所となる。現在、日本の美大では日本人の生徒が減り続けている一方、アジアからの留学生が加速度的に増えている。たびたび批判される日本の美大教育も、海を越えたら青い芝なのかもしれない。今年できたばかりだという『尚藝舎』の生徒数はなんと70人を超える。今日の上映会はこの美術予備校で「映像を見て小論文を書く」という受験対策の授業の一環としておこなわれる。

 

集まった生徒は十名。日本に来てまだ数ヶ月という人もいるのだが、そんな人でもテスト内容は日本人と同じで"日本語で"小論文を書かなければいけない。なぜかというと、留学生向けの試験というものが大学院では少ないためだ。なんと厳しい現状だろうか。しかも、ビザの期限は二年。そのあいだに受からなければ、専門学生として過ごすか、就職するか、もしくは国へ帰るかだ。夢破れて自国へ帰っていく人も多いのだろう。だから彼らはみんな真剣だ。私が想像していたより100倍真剣に映像を見て、メモをとり、一時間の小論文筆記タイムには誰も一言も話さずに集中して原稿用紙に向かっていた。彼らから質問がでたらぜひ答えてもらおうと、文章のプロ二人をお呼びして講師になってもらったのだが、生徒たちのあまりの真剣さに見守る以外の術がなかった。スマホの辞書を経由しながら原稿用紙に必死に紡がれていく日本語と、それを見守る日本人。我々も教えるという立場で参加したものの、ただの観客となっていた。なんだかまるで演劇を見ているような気さえした。十人の人生がかかった45分の演劇。それを演劇というのは残酷だろうか。いや、そもそも演劇とは残酷なものではなかったか。

 

そんなことを考えているうちに、幕が降りることも拍手が起きることもなく、小論文の時間は終わった。ここからは演者と観客が交代する。生徒さんたちに向けた小論文の書き方講座が開かれるのだ。この日のために、批評家の福住廉氏に”模範解答”となる小論文(批評)を書いてきてもらった。模範解答の批評とは不思議な響きだ。それは完璧なドーナツくらい不確かな存在に思える。

 

書き方講座では、模範解答における段落の機能や起承転結の説明、日本語のプロによる文章を書くときの注意点などが語られた。新聞記者、ライター、批評家とジャンルの異なる書き手に意見を聞いたが、その3人の意見に共通したのは「使う言葉を正しく理解し、誤解させない」ということだった。そういえばここの生徒たちも単語の一つ一つを辞書で調べながら文章を書いていた。調べる、悩む、書く、書く、書く、調べる、調べる、消す、書く書く書く。彼らと日本語の、生きるか死ぬかの一騎打ち。そんな気迫を全身に浴びたからだろうか、最後に彼らから手渡された30枚の原稿用紙は、なんだかずっしりと重たかった。