トマト缶の行方

 

「入場は無料です。ただしトマト缶を持って来てください」

そんな謳い文句で今回の上映会は開催された。まったく意味のわからない呼びかけにも関わらず、みんな律儀にトマト缶を持って来てくれた。まじめだ。まじめな観客のおかげで会場付近のスーパーやコンビニではわずか数日でトマト缶が根こそぎ売り切れるという事態に陥ったほどである。

 

会場には二つの白い台が用意され、片方には食べ放題のドーナツとサーターアンダギーが置かれ、もう片方にはトマト缶がうず高く積まれていくこととなった。上映三日目にはトマト缶は白い台に積めないほどの量になり、床へ床へと侵食していくことになる。途中、何人かのちびっこによってトマト缶の塔がつくられたり崩壊したりするのを見ながらナブチが、「まるで現代アートみたいだね」とつぶやいていた。ただのトマト缶なのに、ただのトマト缶ゆえに、それはやはり現代アートのインスタレーションのようになっていく。

 

最終的に集まったトマト缶は200個以上。残念、正確な数を数えそびれた。こういう肝心なところがいつも抜けている。だいぶたくさんのトマト缶が集まった、ということだけはわかる。

 

このトマト缶は私たちが食べるわけではない。制作に使われるわけでもない。この上映会場に通う、日本人以外の人たちが"生きていくための手段"になるのだ。この会場はおよそ50カ国以上の「何らかの理由で自国にいられなくなり日本へ逃げて来た人たち」が集まる場所でもある。このトマト缶は彼らに寄付するために集められた。なぜトマト缶なのか?という疑問を解消するために、まずは当日現場で配ったハンドアウトに書いた文章を引用しよう。

「甘くて丸い、複雑な味の話」

コルテスという人を知っているだろうか?彼はトマトに出会ったはじめてのヨーロッパ人だ。 コンキスタドールと呼ばれた彼はアメリカ大陸からトマトと黄金をヨーロッパに持ち帰り、代わりに奴隷とキリスト教を新大陸に持ち運んだ。こうしてトマトは世界中に広がり、世界中で 食べられる植物となった。この難民支援センターでも、常に支援を募集しているのは” トマト缶”だ。集まったトマト缶は各々の家で、様々なトマト料理へと変身していくことだろう。

 

ではドーナツはどこで生まれたのだろうか。アメリカ? 半分正解で半分不正解。ドーナツは実はオランダ生まれで、そのころのドーナツには穴が空いていなかった。宗教戦争で負けたピューリタンがアメリカに入植した際に広まり、そして穴が空いたドーナツが開発される。一方、沖縄のサーターアンダギーは、琉球時代に中国からやってきた祝い菓子だ。そこから時代がながれ、 沖縄がアメリカに統治されている時代に米軍の払い下げの小麦粉が普及し、祝いの場だけでは ない一般的なおやつとなっていく。 

 

ドーナツとトマト。

どちらも丸くて甘くて、とっても複雑な味がする。ここに集められたトマト缶は難民支援センターに通う人々に持ち帰ってもらうことになる。代わりにあなたはドーナツを持ち帰ってほしい。丸くて甘くて複雑な味のドーナツを。

そんなわけで、トマト缶が大量に集められたわけだ。果たしてこの集まったトマト缶はどのように使われていくのだろうか。わたしが話を聞いた人たちの中でも特に興味深かった二人の話をこれからしようとおもう。

 

ーカメルーンの話ー

「ベイキングパウダーを使えばもっとふわふわになるわ」

サーターアンダギーをいくつも頬張りながらカメルーン出身の女性がわたしに優しく語りかける。彼女は鋭い。サーターアンダギーは発酵させないのだ。ドーナツとの最大の違いはそこにある。サーターアンダギーを頬張り続ける彼女に「カメルーンにもドーナツはあるの?」と質問をすると、「これに似たようなのがあるよ」と彼女はサーターアンダギーを指差す。「他にも地域によってたくさんの種類があるよ。でも、ソフトなタイプはアジアスタイルだね」ソフトなものはアジアスタイル、そういう概念があるのか。あまり考えたことがない見分け方だ。確かにパンにしてもアジアはヨーロッパに比べてふわふわしたものが好きだが、それがドーナツにも表れているということだろうか。

 

カメルーンの彼女にトマト缶のことも聞いてみる。「トマトはだいたいスープね」でもそれはカメルーンの伝統的な料理ではないらしい。「フランスとか、イギリスとか。どっちかの料理でしょうね」カメルーンはイギリスとフランスの植民地に分かれた経験がある。彼女の作るスープは、イギリスかフランスどっちかの置き土産なのだ。ドーナツが地域によって違うというのも、もしかすると侵略や分断の歴史に関係しているのかもしれない。

ちなみに、彼女が言っていたサーターアンダギーに似ているカメルーンのドーナツはカメルーン語で「ポフポフ」というらしい。サーターアンダギーよりやや細長くてユニークな形をしている。ポフポフにはベイキングパウダーが入っているのだろうか?名前からしてふわふわしていそうだけど。

 

 

ーミャンマーの話ー

喫煙者が追いやられて久しい昨今ではあるが、様々な国の人が集まる今回の会場には喫煙所がある。神に祈りを捧げた後に煙を吹かす人もいれば、支援物資をもらいにきたあとに煙を吹かす人もいる。そんな喫煙所にいた二人に話を聞いた。私たちが集めているトマト缶が、彼らの手でどんな料理になるのか。

 

二人はミャンマーの出身。彼らはトマト缶を、なんと秋刀魚と一緒に使うのだという。「まずは油でトマトを炒める。味付けはニンニク、しょうが」「秋刀魚は最後に入れるんだ」なるほど、日本ではもっぱら焼いて食べられる秋刀魚が、彼らの手にかかるとトマトと出会うのだ。なんだかまるでフランスかイタリア料理のようでもある。でもこの食べ方はあくまで”ミャンマーの料理”だそうだ。

「最初に油とトマトいれないとだめだよ」

と繰り返していたので、どうやら手順が重要らしい。

 

しかし果たしてミャンマーにも秋刀魚があるのだろうか。私が聞いた料理の名前はなんなのだろうか。わずかタバコ一本分の会話ではいろいろなことを聞きそびれる。ネットで調べてみたところ、ミャンマーには魚とトマトを使った「ンガーヒン」というカレーがあることを知った。そうだ、ミャンマーはカレー大国だ!この「ンガーヒン」はカレーではあるがカレー粉は使用せず、スパイス類もあまり使わないのだそうだ。”ヒン”とはスパイスと油で油浮きカレーになった状態のこと、”ンガー”は魚を示すらしい。これを読んだあなたはこれからしりとりで裏の手を使えるようになりましたね。ンガー、ミャンマー語で魚です。

 

せっかくなので、お料理サイトから拝借した「ンガーヒン」のレシピも紹介しよう。

 

(6人分)白身魚2切れ玉ねぎ1個トマト缶1/2缶しょうが1㎝にんにく1片唐辛子2本ナンプラー大さじ1顆粒だしの素1本水1/2カップ胡椒適量ごま油適量

 

1白身魚は一切れを3等分にし、玉ねぎをみじん切りにする。

2しょうがをみじん切り、にんにくをつぶして薄切りにする。

3フライパンにごま油を入れ、玉ねぎ、しょうが、ニンニクを入れて炒める。

4水、トマト缶、白身魚、唐辛子を加えて煮る。

5顆粒だしの素、ナンプラー、胡椒を入れて味を調える。

6魚に火が通れば完成。

 

間違いない、彼らが言っていた料理はこれだ!そしてこれはイタリアンっぽい料理でもフレンチっぽい料理でもなく、まぎれもなく”ミャンマーのカレー”なのだ。カレー粉もスパイスも使わないけど、カレー。カレーとは懐が深い。

わたしもいつか、秋刀魚とトマトを出会わせてみたくなった。それはきっと日本よりも暑くて4ヶ月間ずっと雨が降るミャンマーの味になるはずだ。

 

 

きっとわたしが聞いた以外にも、トマト缶はたくさんの料理に変わっていくはずだ。それは伝統の味かもしれないし、侵略の置き土産の味であるかもしれない。どちらにせよトマトの数だけ祖国の味があるのだ。丸くて甘いものには複雑怪奇な”人類”そのものが詰まっているのかもしれない。