3/8-17

「平和学習とはなんなのか?」

生まれてから一度もまともに考えたことのなかったことを、私は今考えている。5月のゴールデンウィークに丸木美術館で「完璧なドーナツをつくる」の上映を行えることが急遽決まった。嬉しいことであるけれど、ただの上映だけでは味気ないので、ではその上映にどのような体験をプラスできるか?ということが悩みのタネとして残っていた。

 

丸木美術館は丸木夫妻による「原爆の図」が展示されている私設美術館であり、近郊の学校の平和学習のスポットとなっている。また、丸木夫妻の絵本「おきなわ島のこえ」は、沖縄では課題図書となっており、丸木夫妻を知らない人はいないと言う。ここでやる以上、『戦争と平和』に向き合うことは避けては通れない。しかし一般的な平和学習が現在機能しているかというとそれも怪しい。でももちろん一概に否定すべきものでもない。機能しなくても依然として平和学習は必要なものではあるからだ。では私たちなりにどうやったら平和学習をアップデートできるのか。グーグルマップで丸木美術館をみながらぼんやりと考える。丸木美術館の周りは随分とゴルフ場が多い。きっと空き地と平野ばかりなのだろうな。そう思った時にふと、ある予感がしてグーグルマップの検索にキーワードを打ち込んだ。

 

”サバイバルゲーム”

 

すると丸木美術館の周りに次々と赤いピンが表示された。”当たり”だ! この一帯は、サバイバルゲームの聖地だったのだ。一瞬で私たちの前に新たな可能性が開かれた。丸木美術館とサバイバルゲーム。すぐそばにあるにも関わらず絶対に交わらなかった二つの対極的な点と点を結ぶツアーができたとしたら、それは絶対に面白くなるはずだ。

 

丸木美術館学芸員の岡村さんと打ち合わせをおこない、わたしたちのプランを話す。「サバイバルゲームかあ」と最初は眉を潜めていた岡村さんも、それがただの悪ふざけではないこと、銃を持ち、撃つこと/撃たれることを平和学習として見せることができるのだ、ということを話すと「やりましょう」という力強い返事が帰ってきた。こうして、キュンチョメの新たな平和学習ツアーが決定した。丸木美術館で戦争の悲惨さを学んだあとあとに、参加者全員が撃ち合い、殺しあう、サバイバルゲームを行うのだ。それは未だ嘗てない平和学習となるはずだ。

 

岡村さんと話し合いを終えた後、さっそく丸木美術館周辺のサバイバルゲームのフィールドを視察に行く。サバイバルゲームとは電動ガンやガスガンを持ち、迷彩服を着て互いに撃ち合うゲームである、という知識しかない私たちにとっては全てが未知の現場であって、道中ですでに心拍数が上がっているのがわかった。大通りを抜けてまともとに整地もされていない小道を駆け上ると、私有地と書かれた看板の先にテントが張られている。果たしてここであっているのだろうか、と不安げに中を覗くと、迷彩服に身を包み肩からライフルを下げた男性とすれちがった。なるほど、ここだ。さっそくテントへ入ってみると30人前後の迷彩服に身を包んだ人々が銃の手入れをして過ごしているではないか。すごい、日本にも戦場は存在したのだ。この場において私服でふらふらやってきた私たちは完全に異物で、「なんだあの丸腰の素人は」と完全に不審者を見る眼差しを感じる。ところが「こんにちは」とあいさつをして話をしてみると、突然やってきた女性の訪問客に彼らはとても優しく、今日は定例会というのが行われているからこれだけの人が日本各地から集まっているのだと教えてくれた。さらには、せっかくだからフィールド内でゲームを見ていかないかという。あれよあれよとゴーグルをわたされ、網で仕切られたゲームフィールド内へ案内され監視塔の上からゲーム、擬似的戦争を見守ることとなった。開始の合図とともに、ランダムで分けられた2組がフィールドの中をかけまわり、障害物に身を隠し、大量の銃弾(BB弾)を撃ち合う。凄まじい勢いで放たれた銃弾は、あっという間に前線の兵士達をなぎ倒していく。

「ヒットー!」

銃弾に当たったら自己申告。みなが己の役に没頭し、撃たれたら”死"を演じる。完全に演劇だ。ゲーム開始直後から何人もが手をあげてフィールドを退場していく。あまりにもあっけないゲームオーバーに驚いたと同時に、自分が驚いたこと自体に驚いた。戦場だってきっとこんなもんだ。

 

ゲーム後半、撃たれた兵士の一人が私たちのいる高台に登ってきた。青いベレー帽に迷彩服、ソ連製のライフルを抱える彼に話しかけると嬉々として銃の説明をしてくれた。彼はまだ高校生で、横浜からこの埼玉のフィールドまで通っているのだという。「旧共産圏が大好きで」と語る彼はソ連製の銃の良さを我々に熱弁してくれるのだった。「本当はこんなこと言ったら、いけないんだけど」と前置きをした上で、「実は、あの、ナチスとかも、まあ好きで」と彼の唐突な告白がスタートする。もし私がアンティファのメンバーだったり、西洋の平和主義者だったらこの場で銃を奪われて、速攻で顔面が変形するまで殴られているところだぞ、と思うけれど、何も言うまい。彼だってそれが禁忌であることを十分知っている。そしておそらく唯一このサバゲ会場だけが彼の抑圧された願望を吐露できる、セミパブリックな場所なのだろう。こういう場所があることで、「ナチスが好きだ」という彼の中の屈折した感情は、暴走せず救われているのかもしれない。

 

抑圧だけでは兵器と戦争へのフェティシズムには抗えない。それは非常によくわかる感覚でもある。ドイツにレジデンスしていた時に、ドイツ国防軍のコスプレはだんだん許容され始めているけれど、ナチスの軍装は絶対にNGだ、という謎の線引きを聞かされて驚いたことを思い出す。一体何が違うのかは、私にはわからないけれど、全てをアウトにしてしまうと大きなブリ返しが来ることを彼らは経験上知っているのかもしれない。そして同じことは色々な場所で起きるはずなのだ。

 

その後、別のふたつのサバゲ会場を回ったが、どこも新参者のわたしたちに対してとても親切であった。森林をつかったバトルフィールドでは迷彩服に身を包んだ3人の兵士に率いられて森の中をただひたすら歩くという貴重な体験もできた。「ここが塹壕だ」「このへんはよく撃たれるから注意しろ」「敵の弾より、小枝のほうが危ないぞ」ただの森にしか見えなかった場所が彼らの説明でどんどんドラマチックになっていく。まるで東南アジアあたりでゲリラ軍の密着取材をしている気分だ。案内をしてくれた内の一人は金髪のメッシュが似合う日に焼けた、いわゆるヤンチャ系の若い男性で、もう一人はオタク的な風貌の優しい若い男性だった。学校の教室という空間では絶対に交わらなかっただろう二人が、ここでは銃を持ち、戦場の名の下に共闘できる。サバイバルゲームのフィールドは確実にオルターな居場所として機能しているのだ。

ツアーの下見にきたつもりが、すっかり私たちがツアーをしてもらう立場になってしまった。しかしおかげで、サバイバルゲームは自分が参加するだけでなく、銃のフェティシズムに取り憑かれる彼らとの交流こそが要であることに気がつくことができた。帰宅したら早速この「対極的平和学習ツアー」の企画書をつくろう。でもそのまえに、自分専用の電動ガンを買わなくちゃ。

※丸木美術館での展示の会期は4/27-5/6ですが、サバイバルゲームを行う『対極的平和学習ツアー』の実施は期間内に、二,三回を考えております。告知は4月に行いますので、もし興味があるかたはご連絡ください。費用は、丸木美術館500円、サバイバルゲームに必要な銃とゴーグルのレンタル代2500円程度とサバゲフィールド使用料2000円程度(合計5000円程度、女性の場合は1000円引き)となります。もちろん銃やゴーグルを持参の人はその分の料金はかかりません。またサバゲーだけではなく、いろいろなレクチャーも行う予定なので、楽しみにしておいてください。我々も楽しみです。

4/29

《LOVE&GUNS》というのが今日から始まるツアーの名前だ。このツアーは丸木美術館の展示に会わせて私達が企画したツアーであり、平和学習のアップデートを目的としている。概要を説明するためにこのツアーのコンセプトを下記に引用しよう。

 

今回キュンチョメは、サバイバルゲームと丸木美術館、二つの経験を横断するツアーをおこないます。戦後、日本では第二次世界大戦の歴史を知るための平和教育が続けられてきました。原爆の図丸木美術館は、丸木夫妻によって描かれた数々の絵を通して、戦争の生々しい痛みを目にし、平和について考えることができる場所です。一方で、この美術館の近くには、「戦争ごっこ」を楽しむ場所があります。サバイバルゲームフィールドです。丸木美術館周辺は近年、サバイバルゲームのスポットとして、迷彩服に身を包んだ若者たちが集まっています。ゲームのルールはシンプル。銃を取り、撃ち合うこと。もちろん、擬似的に何度も死に、誰かを殺すことにもなるでしょう。

このツアーでは、まずはサバイバルゲームに参加し、その後、丸木美術館を鑑賞します。この2つの体験を通して、私たちは、なにを考え、なにを拒み、なにに興奮するのでしょうか。これは、戦争を想像するための、かつてない“平和学習”なのです。

 

というわけで、始まったこのツアー、ただのツアーではない。参加費6000円(交通費別)、拘束時間は8時間を越え、集合は朝の9時に東松山という埼玉の奥深く。参加したらもれなく全身アザだらけ。そんな体力勝負の過酷なツアーの初日に、約10名の猛者が集まってきた。相当な物好きたちだ。まずは軽く挨拶をして、参加者とともにサバイバルゲームのフィールドへと向かう。サバゲ会場につくとすぐさま会場のルール、銃の撃ち方のレクチャーがはじまり、彼らは即座に戦場へと放り込まれていく。

 

「サバイバルゲームってなんですか?」と、サバゲをほぼ知らずに参加した女性も頭にスカーフを巻き、米軍の正規ライフルM4を模したエアソフトガンを担がされ前線へと送られる。はじめましてから30分後には敵となり、互いに打ち合い殺しあう様は壮観だ。平和やアートを愛していそうな彼女が物陰に隠れて、おどおどと索敵する姿をみながら人間の状況適応能力はすさまじい、とぼんやりと思う。「でも残念、丸見えだ!」私は彼女に向かって引き金を引いた。銃から放たれたBB弾が彼女の上半身にボスボスボスと叩き込まれていく。撃たれた彼女は困惑の表情を浮かべながら「ヒット!」と自分の死を自ら宣告する。どこから誰に撃たれたのか気がつく間もなく、彼女は死んだ。これは確かにゲームで、私達が握っている銃はオモチャだけど、歴史の上ではきっとこういう事が、本物の戦争と本物の銃でなんども起きて来たんじゃないだろうか。しかしぼんやりと考えている暇はない。なにせ私も戦場に居るのだ、ぼーっとしていたら次に額を撃ち抜かれるのは私なのだ。私は次の敵に向かって引き金を引き続けた。

 

今日は定例会と呼ばれるサバゲファンが集まる大合戦に参加しているので味方チームは30人、敵チームも30人の大所帯。ゴールデンウィークということもあり初心者が多いため、上手く物陰に身を隠せていない人達の姿がわんさか見える。狙い放題だ、と自分の中にアドレナリンが生成されていくのがわかる。前回、初めてサバイバルゲームをした時は明らかに狩られる側だった。今回は違う、狩る側になっている。前回は無かった感覚だ。こうやって引き金を引く事や、死ぬ事に鈍感になっていくのだろう。しかし、そもそもトイガンでなければ鈍感になる前に死ぬのだから、これはやっぱりゲームとしての感覚であるはずだ。サバゲはやればやるほどゲーム化していくのかもしれない。そう言う意味でも、初参加の感覚が一番重要なのだろう。

 

前回と違うことといえば、今回は同じチームの中に明確なリーダーがいて、彼の存在が雰囲気をガラリと変えてくれている。彼とは、齢70を超えるであろう爺さん。彼は上から下まで迷彩服に身を包みアサルトライフルを高く掲げて若者たちを叱咤する。「前に出ろ、前にー!」「後ろに隠れてたって勝てねーんだよー!」と叫び続けている。戦うことに不慣れな若い初心者の群れをみて、彼の中のなにかに火がついたのだろうか。戦闘中も彼の大声が飛び交い、多くの若者たちが彼の言葉によって前進を試み、そして死ぬ。あぁこれはまるで戦争だ、と思った。いったい何人の若者が、年配のなんとなく威勢の良い言葉にそそのかされて散っていったのだろう。別に彼はリーダーじゃない、その言葉に従う必要などないのだ、そう気がついたのはゲームも終わりにさしかかったころだった。わたしを冷静にしてくれたのは、齢70の彼の声ではなく、今回この平和学習に参加してくれているサバゲー好き青年の声だった。

 

「芋ってこー! 一人一人確実に落としていけば勝てるからー!」と彼は叫ぶ。芋、とは遮蔽物などの後ろに隠れて動かない保守的な戦法(イモムシ戦法の略)である。彼は非常に面白い青年で、特攻隊の遺書を読んだことがきっかけで彼らの気持ちに少しでも近くにはどうしたら良いのかという動機からサバゲをはじめ、すっかりはまってしまったのだという。しかしだからといって、彼は戦争を棚上げしてゲームに夢中になっているというわけではない。ゲームの後、彼はこんなことを言っていた。「サバゲーは格闘技と違って、体力の限界まで殴り合うことはできない。一回撃たれたらおわり。どんなに悔しくても退場しなきゃいけない。それが紳士の態度。それに、やっぱり疑似的だろうが他人を傷つける“経験”があるので、自然と平和主義になっていく」

 

サバイバルゲームのフィールドで何度も”ダサい死に方”を繰り返した結果、人々は「本物の戦争もやりたい」と思うようになるのだろうか。あるいは、何度となく繰り返される自らの擬似的な死に対し、どこまで客観的でいられるのだろうか。平和学習は、いつも他人の死を学ぶところから始まる。でもこの平和学習ツアーは、自分が何度も死ぬことから始まっていく。私たちはどんなにがんばったって、戦争が始まったらきっとダサい死に方をするだろう。「ヒット~!」と声に出しながらうなだれてフィールドを出て行くとき、私はいつも何かを後悔している。「あの瞬間頭を出さなければ」「一つ隣の壁に隠れていれば」「あと1秒早く打ていたら」。でも、一度死んだら終わりなのは、ゲームも現実も同じだ。

 

後半戦。

サバイバルゲームを終えたのは13時。予定時間よりも一時間以上長く戦い、私も参加者も魂が抜けたようになっていた。私たちには次がある。もうすでに筋肉痛がはじまりつつある足を奮い立たせて、丸木美術館へ向かった。今までの動的な体験から一転、ここからは静の体験となる。どんな季節に来たって、どんな気分で来たって、丸木美術館に展示された絵画は重たく、冷たい。静まり返ったこの美術館で丸木夫妻の絵と対峙すると、サバゲで湧き上がったアドレナリンがふわふわと行方を失うような感覚がする。だけど完全になくなるわけではない、この不思議な居心地の悪さがきっとこのツアーのキモなのだと思う。

 

ここからは走ったり撃ったりというようなことはない。が、内容は盛りだくさんだ。丸木美術館でマルキ夫妻の作品の解説を受け、キュンチョメの映像「完璧なドーナツをつくる」を90分見て、そこからさらに沖縄のジャンヌダルクこと居原田ちゃんによる平和学習のレクチャー、キュンチョメによるレクチャーが行われる。なぜかナブチは「みんなにサーターアンダギーを配らないと!」と、短い空き時間をつかって丸木美術館の裏手でサーターアンダギーをつくりはじめた。サーターアンダギー作りも板についたものだ。みるみるうちに、食べやすいサイズで均一の色のドーナツができていく。そんなサーターアンダギーを食べながらのレクチャー。わたしたちがいかにサバゲをアップデートしたかったかという話から、今回のツアー前編に共通する一つのモチーフ「丸」の話へとたどり着き、参加者は全員、最も近くて最も遠い丸と対峙することになる。それは平和を考える上では避けては通れない、圧倒的な丸。日の丸だ。今回のツアーでは、一番最後に参加者全員に日の丸を描いてもらった。日の丸に対して反対運動をしていた丸木夫妻の美術館で、あえて日の丸を書いてみるという意味でも、とても挑戦的な試みである。

 

それぞれが描く日の丸を見ながら白地に丸、というごくシンプルなデザインにもかかわらず随分と色んな書き方があるものだ。参加者全員が描いたそれぞれの日の丸が丸木夫妻のアトリエの窓辺に並べられると、その個性がよく分かる。各々が丸を描くことに苦労した痕跡が見える。”なかなかうまくいかない丸”というのは実に日本的ではないか。そしてそれはまるで平和のようではないか。私たちはこれからもずっとこの丸と向き合い続けなければならない。